タコス田中

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「田中、舞まーす」

タコス田中はクラスの人気者だ。頭はかなり悪いが何より感情表現に優れており、楽しいときは舞で、悲しいときは悲劇のヒロインのような振る舞いで周りに自分の感情を伝えてきた。

そんな彼はいわば僕らの代弁者だ。新しく彼氏ができた友達のために恥も捨て校庭の中心で舞ったり、テストで悪い点を取って悲しんでいる友達のために横で号泣したりする。

そう僕らの人生のシーンにはいつも田中がいた。

しかし、そんな僕らと関係が崩れる時が訪れる。受験だ。

僕たちの中学校の生徒はその大半が地元にある公立ナチョス高校に進学する。知ってる先輩も多いし、中学校の延長といった感じだ。偏差値は40ほどと、まあよくある田舎のアホ校だ。

しかしそんなアホ校でも一応受験をしなければならない。全くもってめんどくさい。

まあ、それでも偏差値40など大抵の人ならちょっと勉強すれば受かることができる。僕らは相変わらず遊びふけっていた。

そしてあっという間に受験当日を迎えた。受験の申請は各中学校がまとまって行われるため、僕らの受験会場は同じ中学校の生徒で占められた。田中もいる。

受験時間は淡々と進んだ。僕は苦手な英語で苦戦しながらも次の理科は山を張ったところがまんまと当たりまあ合格ラインには乗ったかなと思っていた。

そして最後の社会。僕たちの学校では受験前に社会科の先生が受験対策をしてくれたのだが、そこで教えてくれたポイントが何問も出た。教室中が安堵の雰囲気に包まれた。ただ一人、田中をのぞいて。

僕の真横で受験していた田中はこれまた問題のわからなさを、わかりやすく頭を盛大に掻きながら表した。そういえば田中は社会科の授業は毎回寝ていたような。痛恨のミスだった。

時間は刻一刻と過ぎていった。僕らの大半は早々に回答を終えると、あとは横目で田中にエールを投げかけた。

「頑張れ。」

田中は一向に回答が出ないようで、高速に頭をかきむしっていた。摩擦で毛根が死んでしまいはしないかと思うほどだ。

するとその時、

「ピーンポーンパーンポーン」

受験時間は終わってしまった。しかし誰も田中を止めようとすることはしなかった。試験官すらだ。その場にいる誰しもが田中が無事答案を作成し、受験を終えることを願っていた。しかし田中はなかなか終わらない。想像以上に田中はバカだ。

受験生たちはテストを提出し、退出し始めた。みんな席を出るときに田中を見た。

「受かれ田中、頑張れ。」

気づくと教室には僕と田中、それと試験官の3人しか残っていなかった。とっくに回答を終えた僕であったが、どうしてもその場に残っていたかった。

田中は一向に回答を終えられなかった。どうやら最後の設問に答えがどうしても出せないらしい。じわじわ時間が過ぎていく。試験時間は20分は過ぎ、窓からは夕日が教室の中に入ってきている。

そんなとき、試験官が一枚の紙を僕らの目の前の床に落とした。よく見ると、それはテストの答案だった。

「試験官、よくやってくれた。」

そう思い田中の方を見ると、田中もさすがに事態が飲み込めたようで、急いで最後の設問の答えを書き写した。そしてようやくテストが終了した。テスト結果は来週発表とのことだった。

僕と田中は受験生が皆帰り終わった校舎を、二人で出た。田中はテストが終わった喜びを舞をして表現した。相変わらず訳のわからないものだったが、顔をくしゃくしゃにして踊りふける田中を微笑ましく思った。

そして1週間がたち、テスト結果が発表された。たいていの人は受かるテストだが、毎年1人、2人落ちるヤツがいる。今年もどうやら1人落ちたらしい。僕らは自分たちの合格を見にいくよりも、誰が落ちたかを見に、受験結果が張り出される掲示板に向かった。結果の発表は匿名性を保つために番号で行われるが、その番号は生徒番号と紐づいているため、簡単に誰が落ちたかがわかる。

僕らが掲示板に到着すると、そこには何やら気まずそうな雰囲気が漂っていた。こういったテストの場合、いつもなら落ちたヤツをみんなして笑い者にするのだが。

不審に思って僕らは掲示板を確認した。そこには「30112」という数字が書いてあった。この下3桁が生徒番号になっている。

僕らは急いで番号を調べた。どうやら、それは田中だった。

「そんな馬鹿な!田中は回答を見ていたんだぞ!こんなことが起こるはずがない。」

僕は声を荒げた。

「回答が読めなかったらしい。」

誰かが後ろでぼそりと呟いた。そう、田中はそれほどまでに馬鹿だったのだ。僕は落胆し、その場に立ち尽くしていると田中がやってきた。田中は自分の番号に不合格の文字が振られていることに驚き、僕と同様、その場に立ち尽くした。さすがに今度ばかりは田中でも信じがたいものだったらしい。

その日以降田中は学校に姿を現さなかった。卒業式にも出席せず、「タコス田中」という担当教師の呼びかけには虚しい静寂が返答した。

あれからみんなおかしくなった。ある者は猫を飼いだし溺愛している。名前はもちろん「タコス田中」。家を出るときはいつもケースに「タコス田中」を入れ持ち運ぶせいで、周りの人は迷惑しているらしい。

ある者はすっかりアイドルにハマってしまった。ちょっと前だったらむしろアイドルオタクをディスるタイプのヤツだったが、今ではしっかり推しメンにのめり込んでいる。名前は「田中彩」。彼は彼女のことを「タコス田中」と呼んだ。

あるカップルは避妊具もつけずにセックスにふけっていた。どうやら子供を作りたいらしい。名前はもちろん「タコス田中」。両親の苗字をつけるとなると、遠藤か安倍がもれなく「タコス田中」につくため、とてつもなく違和感があるのだが、まあそんなこと気にしていないようだ。

まあみんなそれぞれにやばくなっているのだが、どうやら僕も頭がおかしくなってきている。時間があるときはダンボールで海賊船を作っている。もちろん名前は「タコス田中号」。この間は乗船3秒で沈没したため、現在修理の真っ最中だ。修理をしているとふと自分は何をしているんだとハッとすることもあるけれど、それ以外、楽しめるものがないから次の瞬間には作業に戻る。

タコス田中はもういない。