シンデレラremix 前編

f:id:masaohoihoi:20180717022740j:plain

 

むかしむかし、あるところに心優しい娘がいました。
娘は両親に愛情深く育てられ、幸せに暮らしていました。
しかし不幸なことに、娘が幼い頃に娘の両親は亡くなってしまいました。そこで娘は知り合いの家に転がり込むことになりました。

娘が転がり込んだ家には、二人の娘がいました。ところが、この娘たちがとても意地悪で、新しく来た優しい娘をいつもいじめました。

「かわいい顔してるからってつけあがって。きっと汚れ仕事をしてこなかったからこんな顔でいられるのよ!」

二人の娘は、そう言いながら家の掃除を全部新しく来た娘に押し付けました。

「あなたには綺麗な部屋はもったいないわ。今度から物置で寝なさい。」

新しく来た娘は二人の娘に掃除を押し付けられるだけでなく、部屋を追い出され、蜘蛛の巣だらけの物置で寝ることになりました。そうして生活していくうちに娘の服にはいつも灰がつくようになり、二人の娘は『灰をかぶっている』という意味で『シンデレラ』と娘を呼ぶようになりました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ーある朝ー


灰が舞う小部屋を、今日も私は吸った灰にむせながら起きた。バケツに溜めた水で顔を洗い、姉さんたちと母のために朝食を作るために台所へ向かう。

卵を取り忘れた。

私は重く垂れたまぶたをこすりながら飼育小屋へ向かう。庭先に設置してある小屋の中には、鶏が計6匹飼育されている。

 

幸い、小屋には3つの卵が寄り添うように並んでいた。昨日は卵がないだけでお母様にこっぴどく怒られた。少なくとも今日は卵が原因で怒られる可能性はなくなったようだ。

台所へ戻ると早速取ってきた卵を使って目玉焼きを作る。温めたフライパンに油を垂らし、卵を割ると中からはいかにも栄養がありそうなオレンジ色の卵が出てきた。はて、鶏の方が私よりいいご飯を食べているのではないだろうか。

ちなみに昨晩の私のご飯はパンと余り物の鳥のスープだ。あいにくスープには、ろくに肉は入っていなかったが、とりあえず鶏を使っている点で鶏には負けたとは言えないメニューだろう。何と比べてるんだ。

「朝ごはんできた?」

見ると上の姉と母が階段を下りてキッチンへ降りてきているところだった。姉はズシンと席に座り、吸い込まれそうなほど大きなあくびをする。一方、母はいつものように、そのまま台所を素通りし、外のポストへ新聞を取りに向かう。

「あ、今作っているところです」

慌てて私は返事を返す。

卵にうっすら焼き目がつくと、ひっくり返し反対側を焼く。上の姉さんは卵焼きは両面焼くのがお好みだ。半熟の黄身がどうしても食べられないらしい。焼きあがった目玉焼きを姉の元に出す。

「あら、今日は焦げていないのね」

嫌味ったらしい一言も、もはや挨拶程度にしか感じない。挨拶と思えば、言葉の意味を考えずに、気楽に振る舞うことができる。

上の姉が食事を始めると、下の姉がキッチンへ降りてきた。姉同士は一緒の部屋で寝ている。どうせ起きるなら一緒に起きてもらったら幾分調理の手間が省けるのだが、そんなこと私が言えるはずもなく、消した火を再びつけ、今度は半熟の目玉焼きを作る。

「あーあ、なんかいいことないかなー」

食事を待つ下の姉がぼそりとつぶやく。いつもの口癖だ。そして大抵、いいことは起きる。

「見てよこれ!ポストに今夜開かれるダンスパーティーの招待状が届いていたわよ!」

新聞を取りに行っていた母が慌てて台所に戻ってきた。

「あらなんて素敵なの!…ふむふむお母さんと私、そしてあんたも。全員お城に行けるわよ!」

「ぜひ行きましょうよ。あわよくば王子様に見初められるかもしれないわよ。あ、あなたは家でお留守番ね」

下の姉が嫌味ったらしく付け加える。もはや返すのすらめんどくさくなってきているが、一応表情を作って「そんな、残念です」と返す。

3人の盛り上がりは凄まじく、その場にいること自体がめんどくさく感じ始めた私は卵の殻を捨てるために庭に出た。庭からは台所の窓越しに浮かれている3人の姿が確認できた。窓枠の中で繰り広げられているその光景は、どこか幼い頃、親が生きていた頃に連れて行ってもらった劇の光景に重なった。

舞台の上で全身を使って感情を表現する演者たち。そしてそれを椅子に座りながら達観する私。ほんの数メートル先の世界なのに、自分とは到底同じ世界にいるとは思えない距離感を、あの時私は感じた。

そしてまったく同じことを今、3人に対しても感じる。どこかフィクションを見ているようなあの感覚。

「ダンスパーティーか」

そういえば貧しい女の子が魔法のドレスを着てダンスパーティーへ向かうお話を昔読んだっけ。名前が出てこない。『眠れる森の美女』?違う。

考えてもなかなか出てこない。確かもっと簡単な名前だった気がする。


ーその日の昼下がりー
3人が早々にパーティーに向かうため家を出ると、私は掃除を始める。

ススだらけの家、毎日掃除しているんだからもう少し綺麗になってもおかしくないだろうが、なんせ家が大きすぎる。3階建に部屋の数は14部屋。各階にはトイレとバスも。

とても親子3人で暮らす家ではない。ちなみに私は地下の物置で暮らしている。これだけ部屋が余っているなら一部屋くらい使わせてくれてもいいものを、彼女らは決して私に部屋を使わせてくれない。

今日の掃除は2階すべてだ。部屋は5つにトイレとバス。とはいえ使っているのは皆女性なためか、トイレとバスは結構常に綺麗に保たれている。

5つの部屋はどれも今は使われていない。掃除の周期は3日に一回なので、ペースとしては早いのだが、なぜだか3日間でホコリはたんまりとたまる。初めのうちは、幽霊が住んでいるのではとも思っていたが、最近はもはやそれすらも考えなくなってきている。

 

掃除を終えると近くにある丘へ向かう。この時間が唯一自由に使える時間だ。芝生の上に寝っ転がり、緑の香りを嗅ぐ。家のほこり臭い香りとは打って変わって、丘で感じる緑には、どこか元気になるような生命力を感じる香りがする。

丘の正面には今日パーティーが行われるお城が位置している。家の中から窓越しにみるお城と違い、丘から見るお城は色彩豊かで、いつも丘でくつろぐ私の注意を惹きつける。

(はぁ、小さい頃読んだあのお話では今頃魔法使いにドレスを用意してもらって、私もダンスパーティーに向かっているはずなのに)

そもそもパーティーに行けるなんて期待していなかったが、あのお話を思い出してから、何か自分の中に違和感を感じ出していた。

なんで私は毎日掃除なんかしているの?なんで私は卵を食べる側ではなく作る側なの?

考えだすと確かに疑問なのだが、長いこと同じことを繰り返してきた私には、その問い自体が新鮮だった。

そして一回違和感を感じると、疑問は波のように押し寄せる。

どうして私はあんな汚い部屋で寝ているの?どうして私は鶏と食事の栄養を比べているの?どうして私はあの3人の盛り上がりを窓枠の中でしか見ていられないの?

そして疑問は私に強くあの物語を意識させる。あの物語は貧しい女の子がプリンスになる物語。あの物語に、かつて私は惹かれていた。

「何かお困りかなお嬢さん」そんな言葉から始まるファンタジーの物語を私は夢想している。

「私もパーティーへ行きたいの」躊躇なく自分の気持ちを口に出せる自信が欲しい。

「それでは私がお前さんに素敵なドレスとかぼちゃの馬車を用意しよう」私にパーティーへ行く機会を与えてくれる人を待っている。

「ありがとう、これでパーティーへ行くことができるわ」哀れな人生を一瞬で置き去りにするような行動力を手にしたい。

 

気づくとあたりはさっきよりも少し暗くなっていた。日もだいぶ傾き、そろそろ夕食の準備をしないといけない。夢の時間が終わり、家に戻ろうとすると手のひらを地面につくと、見慣れない指輪が右手の薬指にはまっていた。

「え?」

状況が理解できなかった。指輪だけじゃない、ピンク色のふわふわしたドレス、透き通るようなガラスの靴、今まで見たことないほど輝きを放つイヤリングが私の身についていた。すっかり夢の中で想い描いていたあの物語の主人公のように、突如私は”主役”になったようだ。

「そうなると、もしかして」

私は答え合わせをするかのように、あたりを探してそして見つけた。かぼちゃの馬車はあの物語には鉄板の移動手段。そして案の定、近くには馬車が停まっていた。きっとこれに乗れば何か物語が始まるはず。私は馬車に飛び乗った。


ーその日の夜ー

f:id:masaohoihoi:20180717023636j:plain

辺りはすっかり暗くなっていた。これからの展開は果たしてあの物語通りなんだろうか。それとも、全く新しい物語がこれから始まるのだろうか。

 

いずれにしても、あの家で姉たちの帰りを待つよりいいと思った。いつまでも丘の上から城での生活を夢見ることは、物語が始まった今最も無価値な行動のように思えた。あの物語の主人公になれる。現実が私の物語を作ろうとしているというその感覚が何よりも嬉しかった。

お城にはすでにたくさんの人が集まっていた。馬車を止め、お城へ入ると、そこはまさに自分が想像していた煌びやかな夢の世界だった。どこからともなく上品な弦楽器の音色が流れ、人々はお酒を飲みながら世間話をしている。

 

ドン

 

周りをキョロキョロしながら歩いていたら、思わず前にいた人にぶつかってしまった。

「すいません、お怪我はありませんか?」

こういうの男の人が言ったらロマンチックに聞こえるんだろうな。

「いえ、いいのよ」

そう言って振り返った顔は上の姉だった。

(ヤバイ、気付かれる)

しかし上の姉はなんのこともなかったように顔を戻し、下の姉との会話に再び始めた。魔法で顔まで変わったのだろうか。いやさすがにそこまではいかないにしても、きっとこんな綺麗なドレスを着てる私がまさかいつもほこりを被っているシンデレラとは思わなかったのかもしれない。

私の印象なんてそんなものだ。でもそれはそれで好都合だ。今日は存分にこの主人公としての私を楽しむことができる。

 

時間は短い、行動せねば。

 

まずはあの男の人がいいわ。手に持ったシャンパンを無理やり飲み干し、垂れた目つきで正面に立つ男性に視線を投げかける。無理やり流し込んだシャンパンの炭酸が喉をピリピリとした痛みを与える。痛みを堪え、一歩一歩男性の元に歩み寄る。

幸いなことに男性は近づく私に手を差し出し、ダンスホールへリードしてくれた。ダンスは初めての経験だったけど、適度に歩調を合わせながらリードしてくれる目の前の男性はなかなか魅力的に感じた。

 

トンタターン。トンタターン。

 

足の運び方に慣れ、徐々にリズムを楽しむ余裕がでた。意外と私にはダンスの才能があるのかもしれない。

 

トンタタッタトーン。タッタタッタトーン。

 

慣れてくると、あえてリズムを外して相手が合わせられるか見たくなった。どうやら男性も相当ダンス慣れしているらしく、私のイタズラなリズムにもさらっと乗ってきた。

こやつ、やりおる。

それから私と男性との間で激しい掛け合いが続いた。とことんリズムを崩す私の試みは、ベテランダンサーの前にことごとく失敗に終わった。無念、しかし一点の悔いなし。

息もきれぎれで、ようやくダンスを終えた私はしばらく脇で休憩することにした。会場では多くの男女が踊っていた。あいにく先ほどの私たちのような楽しみ方をしている人たちはいなかったが、楽しみ方は人それぞれ、多様性をダンス会場に提供したという認識に収めておくことにする。

「今度は僕と踊ってくれるかな?」

不意に声をかけられた。なかなか声の出所がわからず辺りを見渡すと、一人、こちらに目を向け、かすかに口が開いている人がいた。背は高く、先ほどまで踊っていた男性に負けず、いやそれ以上に顔立ちが整っていて、まさしくイケメンと呼ぶべき色白な美男子だった。

しかし顔立ちもさることながら、着ている服も白の一色と、どこか周りの男性にはない雰囲気をもにまとっている。

 

王子だ。

 

反射的に思った。小さい頃、あの物語を読んだときに描いていたイメージとは若干違うが、それでも上質な服、鼻筋の通った綺麗な顔立ち、甘く優しい声は王子と呼ぶにふさわしいものだった。

王子は手を伸ばし、私の手を引く。強引にダンス会場の中央に連れ出されると、一気に周りの視線を集める。会場中から注目されることと、これから王子と踊ることによる緊張感が全身を駆け巡った。

そう言えば最近、こんなに人に注目されたことってあったっけ?

いつもほこりまみれの家を掃除し、姉たちは毎回貧相な私を使って自分たちの上品さを確認する。ゴミ出しに家の外に出ても近所の人にみすぼらしい姿を嘲笑され、誰一人私の価値を認めてくれる人はいなかった。だからこそ、私はあの物語が大好きだった。あのなんの楽しみもない状況から救い出してくれる魔法使いや王子の存在が、私には必要だった。

そして今日、魔法使いも王子も、現実の世界に現れた。なら最後まで楽しもう。もしかしたら私が見ている世界は夢なのかもしれない。でもあんなつまらない現実より100倍楽しい。

ステップはわからない。ただリードされるままに私は踊った。改めてこの人は女の人の扱いに慣れてるなと感じた。
身長が高い王子でも、足の短い私に合わせ、細かくステップを入れてくれる。こういうこと、さらっとできる人は意外と少ない。

しかしそんなことを意識できたのも初めのうちだけだった。途中から音楽のテンポは上がり、私は王子のステップについていくのに必死になった。こんなに我を忘れて何かに夢中になったのは生まれて初めてかもしれない。

このままずっと音楽が続けばいいのに。心の底から思った。そんな時、不意に視界に時計が入ってきた。短い針は12の近くを、長い針は45を指していた。

 

11時45分!

 

たしかあの物語は12時になったら魔法が解けてしまう。私は急いで、王子とのダンスをやめてダンスホールを出た。天井の高い廊下を抜け、階段を降りれば馬車が待っている。

私は階段を駆け下りた。せっかくいいところだったのに!そんなことを考えていると、足を踏み間違え、表紙にガラスの靴が脱げてしまった。戻って取りに行こうか考えたが、今は一刻も早くお城から抜け出さなければならない。

私は振り返らず一心に階段を降りてゆき、馬車に乗り込んだ。時計を確認すると12時ちょうど。危ないところだった。

時刻に間に合った安心感とダンスの疲労感から私はすっかり眠たくなり、目を閉じた。お城で流れていたあの上品な音楽がいつまでも耳の中で流れ続けていた。


ー翌日ー
灰が舞う小部屋を、今日も私は吸った灰にむせながら起きた。昨日と全く変わらない日常の始まり。着ていたはずのピンクのドレスも、見ればつぎはぎだらけのボロ服に様変わりしていた。

仕方ない、所詮夢だ。私はいつも通り朝食を作りに台所に向かう。

台所では珍しく早く起きた姉たちが昨日のダンスパーティーの感想を言い合っていた。私と踊っていた男は誰々男爵だ、私の方は誰々公爵だの、位のわからない私からすればどこに違いがあるのかも理解できない話だった。

「この靴がぴったりはまる女性はおらんかー」

そんな会話を打破してくれたのは、聞き覚えのある、男性の透き通った声だった。

どうやら窓の外から聞こえてきたらしい。慌てて窓から外をみると、そこには王子一行がガラスの靴の持ち主を探しているところだった。昨日拾い損ねたあの靴を、王子は丁寧にも拾ってくれたんだ。

「実は昨日、僕はこの靴を履いた女性に恋をした。この靴がピッタリはまる人をぜひ私の嫁に迎え入れたい」

姉たちが騒ぎ出した。

「これはプリンセスになれるチャンスじゃない?靴なんて無理やり入れれば大抵の足は入るわよ」

「ほんと、しかも今なら誰も名乗り出ていないようだし」

姉たちはそう言って急いで家を出て王子の元にかけて行った。

どうしよう。あの物語の通りなら、きっとこれ、私を探しているんだ。でも名乗り出て、もし靴がはまらなかったら、それこそ姉さんたちの笑い者だ。王子たちももう少し探し方を考えてくれたらよかったのに。今じゃ通りの人は皆、王子たちに釘付け。そんな中に私が出て行ったら。

どうしても足が向かない。物語を信じきれない。第一、昨日のあれは夢だったはず。だったらあの靴だって本当は違う人のものかもしれない。でも。

「あら!全然入んないじゃない!」

姉たちはガラスの靴に苦闘している。当たり前だ。革の靴ならまだしも、ガラスの靴は無理に足を入れても形が変わるわけがない。

「君たち、もういいから。他に誰かこの靴がはまる人はいないかー」

お供の人に強引に引き剥がされる姉たちの姿は滑稽で、近くに居合わせた人の格好の笑い者になっていた。

おかげで、通りの人たちはみんな王子一行らに注目している。さて、次はどんな見世物を見せてくれるかなと。なんてことをしてくれたんだ。これでますます出れなくなってしまった。

王子一行らの呼びかけに反応する者はいなかった。

「では、次の地区に行くか」

王子はそう言うとゆっくりと歩み始めた。

待って。ここにいるの。そう思っても私の気持ちは王子には伝わらない。あの物語はどうやって靴を履くまでこぎつけたっけ?肝心の部分が思い出せない。

そうしている間にも王子はだんだんと遠のいていく。私は一向に物語の続きが思い出せないでいた。ちょっと待って、私抜きで物語を進めないで。

「ちょっとあんた、何ぼけっと突っ立ってんのよ。そんなことしてんならさっさと卵でも取ってきてらっしゃい」

振り返ると母が不機嫌そうな顔で立っていた。呆気にとられた私はとりあえず言われるがまま台所を出て卵を取りに小屋に向かった。終わった。王子は私に気づくことなく行ってしまう。シンデレラが成り上がる物語は所詮夢物語だったんだ。

半端に何かを期待していた私は急に自分が恥ずかしくなった。何を舞い上がっていたんだ、夢なんかに踊らされて。

小屋の鍵を開け、中へ入る。藁の上には卵が4つ。今日は私もおこぼれにあずかれそうだ。

 

待て。あの物語には、卵を取りに行くシーンなんてあったっけ?当然ない、そんな地味なシーンは。しかしあの物語の主人公はそんな地味なことをいかにもやっていそうな人物像だったはずだ。今でもまだ、私はあの物語の含みに入っているんじゃないか。

それなら、靴へたどり着くまでの方法も、私なりに作れれば物語は続くんじゃないのか。

考えるより先に足が動いた。いや、動かしたかった足が、ようやく動かせるようになったと言ったほうがいいかもしれない。私は急いで王子の元にかける。

「ちょっと待ってー!」

恥も捨て、私は王子一行を呼び止めた。通りの住民らはまた見世物が見れると好奇の目線を私に投げかける。

「お嬢さん、試していただけますか?」

王子はそう言うと真っ赤に染まった包みの中から、ガラスの靴を丁寧に取り出した。間近で見る靴は、氷のように透き通った輝きを持ち、昨日自分が履いていた靴とは到底思えないような印象を私に与える。これ、本当に私が履いていた靴?

しかしそんなこと、今はどうでもよかった。これは私の物語、履けなかったら見世物の一つとして、みんなに笑ってもらおう。そしたらあの物語は、召使いが道化に変貌を遂げる物語に解釈し直せばいい。

王子が靴を地面に置く。

「さあ、お履きになってください」

私はしゃがみ、ゆっくり右の靴から足を出すと、ガラスの靴の上に運んだ。「大丈夫、きっと入る」そう自分に言い聞かせ、足をガラスの靴の中に滑り込ませる。

 

キュ

 

足は一度もつっかからずに、奥まで入った。

「あなたが昨日のお姫様だったのですか!私の妻になっていただけないだろうか」

そんな申し出、もちろん「はい、こんな私でよければ」だ。

「おめでとうー!」

今や見世物を見ようとしていた観衆は、王子の公開プロポーズの証人として盛大に私たちを祝ってくれた。紙吹雪にオルガンの音色、住民たちの歌声。この町の住民は祝い事を盛り上げる才があるらしい。今まで気づけなかったが、ここに来てようやくこの町で暮らすのも意外と悪くないと感じだした。

その時、ふと卵のことを思い出した。そういえば卵を取りに行くと言ったっきりだった。慌てて家の方を向くと、二人の姉と母が呆気にとられた顔をこちらに向けていた。

当然だ。さっきまでほこりを被って、朝食の準備をしていた召使いのような女がプリンセスに成り上がったのだから。

何かギャフンと言ってみたくもなったが、何も言葉が出ない。たしかにひどい扱いは受けたが、それに対して言いたいことはなかった。それよりも、今はこの状況を最大限楽しもうと思った。

「失礼、まだお名前を聞いていませんでした」

「はい、私、シンデレラと申します」

「それではシンデレラ、これから一緒に我が城へ参りましょう」

馬車に揺られながら、私は心臓の高まりを感じた。隣に王子がいるためでもある。でも、一番はあの家から出られたためだ。しかも私自身の行動によって。

 

馬車はお城への道を急いだ。